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ラプンツェルは、森の奥の塔の上に暮らしていました。
育ての親マザー・ゴーテルからは、「あなたはか弱いから」と、外に出ることを禁じられ、塔の中でカメレオンを友達に、絵を描いたり、掃除をしたり。

楽しくも退屈な毎日のなか、窓から外を見ていると、毎年自分の誕生日に、遠くの方でたくさんの明かりが飛んでいくことに気付きます。

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あれはなんだろう?
一度観に行ってみたいと、マザー・ゴーテルにお願いしてもはぐらかされるばかり。

なぜなら、ラプンツェルの髪には不思議な力が宿っており、その力なしには、マザー・ゴーテルは醜いおばあさんになってしまうから。
そして、ラプンツェルは実はお城のお姫様。
遠くの明かりは、誘拐された彼女の無事を祈る王様と国民の祈りの儀式だったのです。

ひょんなことから塔に迷い込んできたイケメンの泥棒に出会ったラプンツェルは、外の世界で光の正体を見つけに行くことを決意します。

 とまあ、これが「塔の上のラプンツェル」のあらすじ。
 ディズニーアニメの王道というか、不幸な主人公の都合のいい生い立ちというか、そんなものに満ちあふれています。

 ただ、昔のディズニープリンセスと大きく違うのは、ラプンツェルが現状酷い目にあっているわけではないということです。

 毎日いじめられてるシンデレラとか、毒のリンゴ食わされて死にそうになってる白雪姫とかと違い、そこはかとない違和感を感じながらも、塔の上でそれなりに楽しく過ごしているラプンツェル。
 この辺の設定は、非常に現代的だなあと思うわけです。

 20世紀には「不幸」になるというは、いじめられるとか、死にそうになるとかの直接的な精神的、肉体的なダメージを伴うものでした。
 しかし、21世紀の先進国で3D映画を見に来るような層には、そのような不幸像は少し現実離れしてしまっているのかもしれません。

 そして、そんな我々が共感出来るのが、「閉塞したそれなりに幸せな場所にいるけど、これは本当の私なの?」という感覚。
 確かに、私を含めた多くの日本人が感じている、そこはかとない不安感と合致することが多い気がします。

 そして、そのそれなりの幸せとそれに伴う不安を作っているマザー・ゴーテルの狡猾さが、この映画のキモです。
 自分が若さを保ちたいというエゴは一切見せず、「外に出させないのは、ラプンツェルのためなんだよ」とあの手この手で言いくるめるのです。

 ラプンツェルが塔の中に住んでいるときから、外に出てマザー・ゴーテルに見つかるところまで、この態度は一貫して崩れることはなく、今起こっていることを逆手に取って、狡猾に説得していく様は、見事ですらあります。

 そして、この狡猾な女は、我々の周りにある様々なもののメタファーでもあります。

 たくさん勉強をして、良い大学、良い会社に入ると幸せになれるという教育
 結婚してマイホームを持って子供を育てると幸せになれるという広告
 税金を納めて、定期預金をしておけば、ちゃんと年金あげるよという政府公報

 塔の中に住んでるラプンツェルには、彼女を疑うことなど出来ませんでした。

 しかし、お城から(ラプンツェルがつけるはずだった)ティアラを盗んできた泥棒と出会い、自分でなにかを成し遂げ、外の世界を知ることにより、ラプンツェルは、「自分の感覚」を意識します。

 与えられた環境の与えられた役割をこなすだけの生活から、自分で考えて行き先を見つけて生きていく冒険。
 その中で、自分が感じた感覚に素直になることを学習するわけです。

 この冒険の中に、ラプンツェルが水で流されるシーンが出てきます。
 絶体絶命の中自らの機転と、周りの人の助けによって九死に一生を得るラプンツェル。
 それは、洪水で多くの国土と人口と経済力を流された日本のようです。

 そして、その修羅場の中で、マザー・ゴーテルの言葉にほつれが出てくるように、世間の常識や日本国政府のいうことにも次々とほころびが見えてきます。

 政府が安全だといったものは本当に安全なのか?
 日本国が発行している国債は、本当に価値を保ってくれるのか?
 この国に住んでいて幸せになれるのか?

 今まで、そこはかとなく感じていた疑問が、災難を伴う状況の変化によってあらわになっていく。
 でも、同時に、それを切り抜ける強さを身につけることによって、その問題の根源に打ち勝ち、新しい幸福を勝ち取っていく。

 現実がそんなに簡単なものでははいことはよく分かっていますし、映画としても「それは話がうまく行き過ぎだろう」と突っ込みを入れたくなってしまうところがあります。

 しかし、それでもなお、広い世界を見て、自分で道を探しだし、幸福を勝ち取っていくプリンセスの姿にはあこがれと賞賛を感じます。
 子供に、こういう成功体験を伝えることはとても大切だし、それ以上に、それなりに安定した塔の上にいる大人たちがこのような物語を見て、自分を見つめ直すことはとても大切な事だと思います。

 何度も言うようですが、現在そこはかとない幸せの中にいて、将来かなりの高確率で辛い未来が待っている我々日本人にとって、ラプンツェルの物語は、将来の向こうにある希望に繋がり、大切なお話だと思うわけです。



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