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@Astro_Soichi チリの大地震、現地の様子が心配ですね。後ほど宇宙より現地レポートをお届けします。

 この文章を書き始めた2010年2月27日21:30ごろ。
 宇宙飛行士の野口聡一さんがtwitterでつぶやいたツイートがこれです。

 もりぞおさんは、自分が行った国に災害が起きたときには、その国の救助に行く国境無き医師団に対し寄付を行っています。
 その救助レポートをソファで読んでいて、ふとパソコンの前に座ったら、ホリエモンがまさに私がこの前行ってきたチリの地震についてつぶやいており、googleで検索して状況を確認。
 その間も刻々と流れるつぶやきの中に、上記のツイートが出てきたわけです。

 もりぞおさんは、テレビを観ない人です。新聞もとっていません。
 知識のほとんどは、ソファの上や風呂の中で読む本と、PCの前で読むWebサイトから採っています。

 よって、上記のように地上波も新聞流通網も通らない情報で世界の現状を知るのが日常なわけです。

 本から得られる情報は、深く、正確である可能性が高いです。
 Webから得られる情報は、早く、多岐にわたっています。

 チリの地震と聞いて、イースター島は大丈夫だろうか?と思えば、すぐに地図が出てきて
 上空ってか宇宙からの声が届き、チリ人が大統領の声明をつぶやいている

 日本の首相もつぶやいています。
@hatoyamayukio チリでM8.8の地震が起こりました。ハイチに続く大地震の被災者を案じています。現地大使館で、震源地付近の在留邦人38名の安否確認に取り組んでいます。関係省庁に対し、迅速に支援を行えるよう準備を指示しました。

 情報はあらゆる角度から、瞬く間に世界中に広がる時代。
 そして、Webという便利なモノにより、無料で手軽に手に入れられるようになっています。

新しく聞くと書いて「新聞」
 この紙がこのニュースを知らせるのは明日の朝です。
 もう、「新」という文字を使うことがばかばかしくなるようなタイムラグです。

 そんな「新聞」を作っている新聞社。アメリカでは2008年からこれがバタバタ潰れています。
 メディアに関しては、アメリカで起こったことが3年後に日本に起こります。つまり、2011に新聞社はバタバタ潰れる。そのメカニズムを書いたのがこの本です。

2011年新聞・テレビ消滅 (文春新書)2011年新聞・テレビ消滅 (文春新書)
(2009/07)
佐々木 俊尚

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 新聞社の記者は激務ですが、高給取りでもあります。

新聞社の給与体系は基本的に年功序列だそうで、日本経済新聞や朝日新聞のような大手新聞社では30歳代後半で平均年収は1000万円を超えます。

こんなあやしげなニュースも。
「55歳年収2,100万」 朝日総局長が流出させた驚愕「家計情報」

 これだけの給料を払うには多大な収益が必要。それが出来たのは、ニュースの流通経路を独占していたからです。

 本書では、その仕組みを、コンテンツ、コンテナ、コンベヤという形で表現しています。
 コンテンツ = ニュース を
 コンテナ = 新聞紙面 に載せて
 コンベア = 販売店(新聞流通網)を使って配送する。

 この全てを自社で運営しており、消費者がきちんとした量の情報を手に入れるのに最も早くて正確な手段だったため、国民のかなりの割合が新聞社を使わなくてはならなかった。
 だから、「たっけー」「偏向報道!」「販売員うざ」「手が汚れる」なんて思いながらも仕方なく金を払ってきたわけです。

 しかし、インターネットという恐ろしいモノがでてきて、きちんとした量の情報を手に入れる方法がもう一つ出来ました。
 コンテンツ = ニュース を
 コンテナ = ニュースサイト、twitter に載せて
 コンベア = インターネットを使って配送する。

 上記のチリ地震のニュースで私が見たのが、読売新聞やロイターであることからわかるように、コンテンツを提供するのはほとんどが新聞社・通信社です。
 しかし、その情報はgoogleやYahooなどの検索サイトやニュースサイトを経由して配信されます。
 つまり、新聞社が作ったコンテンツは、新聞社の儲けになる道ではないところを経由してガンガン配信されてしまうわけです。

 今まで、あのうざい紙の束を突き数千円を出して買ってくれた人たちは、新聞社に金を払うのをやめて、GoogleやYahooに広告収入をもたらすことでニュースを手に入れることになったわけです。

 なんで、俺たちの作ったニュースで、GoogleやYahooがもうけるんだ・・・。だったら、自分たちでサイトを立ち上げ、金払った人しか見せないようにしちゃえ。と、いうことをはじめるのが日経新聞。

 彼らは、月4000円で電子新聞を発行します

 たけー。
 世界中のサイトから、さらにジャーナリストや宇宙飛行士本人から、インターネットを通して無料で情報を手に入れることが出来る時代。
 情報の値段は、デフレーションを起こしています。

 それは、日経新聞が褒め称えるユニクロが、服飾業界を恐怖のズンドコに陥れたのと同じことです。

 ジーンズやフリースが千円を切るように、ニュースの値段も下がっている。
 それを必死で見て見ぬふりをしながらつけたこの値段。厳しいですね。

 さらに、金を払った人しか記事が見れないとなると、私のようにblogやtwitterでいろいろ書いている人から見ると、「今後、日経の記事は使えない」ってことになります。
 Googleニュースや、twitter経由で日経新聞の記事を発見できないことになるわけです。

 実際に課金制度を始めてから、サイトのアクセス数が激減して、広告収入が激減して、さらに収益が悪化したアメリカの新聞社のことが本書でも紹介されています。

 かなりの高確率で二の舞・・。

 ただ、ひとつ云えることは、「コンテンツ = ニュース」を作る人は必ず必要なこと。
 twitterをやっていてわかるのは、世の中のほとんどの人は「面白い、興味深い」モノを継続的に作ることが出来ないってことです。

 きちんと取材をして、わかりやすいニュース現行にまとめるというのは特殊技能であり、人類にとって必ず必要なことなのです。

 そんな人たちをいかにして養っていくか。
 じつは、新聞社だけでなく、日本全体。もしかしたら、世界全体で考えなくてはならない問題なのかもしれません。

 とりあえず、もりぞおさんは、きちんと取材をしているジャーナリストの本は出来るだけ買うようにしています。

追記
 小飼 弾さんのblog 憶測 - 日経電子版の本当の本当の狙い を読んで追記します。

 日経電子新聞のこのばかげた値段設定は、今の商売を続けたい「守旧派」が、新しいことをしたい「革新派」をやっつけるためのモノだと。
 つまり、「守旧派」は、日経電子新聞を「外から見ても見逃しようのないほどの、失敗をしてくれる」状態にしたいのだと。

 すごくよくわかる。
 日本企業には、たくさんの「定年するまで、今の会社に在籍する」ことだけを願っている人たちが山ほどいます。
 そして、そこそこ高いポジションについているこういう人に付き従う若手もそこそこいます。

 彼らは、10年後の事なんて全く考えていません。(JALの旧経営陣のように)

 今回の日経の価格設定は、日経が「今のまま紙で読んでくれる人のためだけに商売をする」という宣言かもしれません。
 そして、おそらく、他の新聞社のえらい人たちも日経電子新聞の失敗を願っていることでしょう。

 それは、紙の新聞だけを読んでいる人たちの人口が減ると共に衰退していくことも同時に決意しているということ。

 新聞。オワタ。

 でも、きっと、今後始まるであろう新聞社の大リストラでクビになった「革新派」が、新しいメディアを作り上げてくれるんじゃないかと、淡い期待もあります。
 そのために、さっさと大失敗して、さっさと大リストラしてくれるのもありかなと。

 なんか、日本の政治経済と全く同じだね。こりゃ。
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もりぞおさんは、山手線で通勤しています。
 山手線には、無音のモニターが付いているのですが、ここで見た十六茶のCM。ガッキーがあまりにもかわいすぎる・・と、寝不足と筋肉痛の中、わずかに残った体力を振り絞ってニコニコ動画でCMを探して見てみることにしました。



 ガッキー・・・歌、下手すぎ・・・。
 そして、替え歌、ベタすぎ・・・。目が覚めました。

 と、いうわけで、今週はお疲れのため、昔書いた書評の再放送です。
 お題は、変なCMつながりで、「金麦」です。

  以前、スピリチュアルデブにトラップを仕掛けて、笑いのネタを創ってくれた金麦のCMの人。

 

 この、金麦のCMは、いったい、なんなのでしょう。


 とにかく、最初に度肝を抜かれたのが、この広告です。

 

 

金麦!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 KINMUGIの MU ガ、唇ダー!

 その、あまりにもあんまりな、凄すぎる表現に、
 通勤列車の小田急線で吊り広告を見て、茫然自失としたのをよく覚えています。

 


 ものすごく気になったので、即ネットで検索し、CMの動画を見てさらに呆然。。

 


 

 


 

 夕日の・・・丘?

 家の縮尺、狂ってる?特に、窓、小さすぎ。

 なんで、ハンカチたなびいてるの?

 謎の台詞、「金麦冷やしてたんだから~!」(返答不能)

 とどめの、「すき」

 なんなのだ。

 なんなのだ。

 なんなのだ。これは、いったい。

 背景が、状況が、意図が、全然分からない・・・。

 ホマキ効果を狙ってるのか?
    ホマキ効果とは、
東北なまりの冴えない女の子も、 数十年間の記憶の摩耗と補完により、堀北真希のような絵に描いたような美少女になるように、郷愁は、ハリウッドの特殊メイクよりも強力なメーキャップ効果を魅せること。

 そんな私の困惑に答えてくれたのが、日経ビジネスのこの記事でした。

 Web2.0(笑)の広告学
“金麦妻”は実在するか? 「サントリー金麦のCM」の研究

 ツッコミどころこそカギになる

 金麦のCMをオンエアで初めて見た瞬間「ぜったいこのCMは話題になる」と確信しました。

また、単なる偶然やなりゆきではない「プロによる徹底的に計算しつくされた仕事」だとも思いました。

   中略

 この金麦妻は、実際には2007年の日本には存在しえない、幻想であると皆わかっています。
「いねーよ。ありえねーよ」と突っ込みを入れながら「でも、いいなぁ」と嘆息する。そんなCMなのです。

  中略

 いったい、金麦を冷やす以外に昼間、家でひとり、何をしているのでしょうか?

彼女は映画「ALWAYS 三丁目の夕日」のような、古き良き昭和にいたような、いないような、そんな幻想の中でのみ存在しうる女性なのです。

   中略

   これはもう、ぜったいに偶然なんかじゃなく、確信犯で「どうぞツッこんでください!でもお好きでしょ」という作り手のメッセージが明確に見えてきます。

 
そうか。。そういうことだったのか・・・。

  このCMのクリエイターは、TBCの「ナオミよー」のCMを創った、「女の子CMの達人」こと「くろしゅよしひこ氏」だそうです。

  ソフトバンクの、犬がお父さんのCMなどと同様のツッコミを入れられることを前提として創られたCM。
 テレビというメディアは、作り手から視聴者に一方的に流されるだけのモノでしたが、
 このようなCMは、「ツッコミ」という形で、視聴者から作り手にコミュケーションをさせる。

  一方通行のメディアに、少しでも双方向性を入れようというこの根性。
 広告の世界は、奥が深い。

 そして、2007年の記事で書いた双方向性というのは、twitterのような形で、さらにWeb上で大いに進化していることが興味深い。
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こんにちは。
 めでたく小沢健二コンサートのチケットがとれたので、その記念に公式サイトの彼の文章から、いろいろ妄想しようと思います。

 前回の小説「さらば雑司ヶ谷」の中で、他人にも自分にも一切なにも期待していない「絶望大王」タモリに、唯一「これほどまでに人生を肯定できない」と言わしめたアーティストとして、むやみやたらとリスペクトされた小沢健二。

 しかし、彼は彼で、「絶望大王」的な側面がある人でした。

「幸福の王子様」の二十代を過ぎ、分別も付いて年を取り、「ある光」という、自分の心の中を見つめるような曲を書いたあと、一気にじじいの様に老け込みます。
 そして、このあと、マスコミの表舞台に一切姿を見せなくなります。

 多くの人が存在を忘れかけていた頃に発売したアルバム「Eclectic」では、「幸福の王子様」っぷりはすっかり陰を潜め、ぼそぼそと退廃的に歌う曲調にファンは混乱させられました。

 このアルバムのプロモーションもほとんど行わず、再び姿を消した彼が再び姿をあらわしたのが、小沢父が出している限りなく同人誌に近い雑誌「子供と昔話」の中での小説「うさぎ!」

 この小説の中では、現在の資本主義社会に対する批判を語っています。

 金を稼ごうという欲望(文中では「灰色」と表現)によって世界が覆われつつあること
 その灰色によって、 広告収入やライセンス料というしがらみが出来、自分の好きな表現をすることも、自由にできなくなる。
 「豊かな国」でお金の塊が大きくなりすぎたので、ものを作る仕組みを「貧しい国」に移すことにし、「豊かな国」では仕事がなくなり、若者がなまけているといじめられるようになる。「貧しい国」では、子どもたちが少ない賃金でへとへとになるまで働かされるようになる。
 そんなことを、書いています。

 これを書いていた時点で彼は、「貧しい国」であるボリビアや南アフリカにいたようです。
 それも、もりぞおさん見たいにちょこちょこ回っていたわけではなく、数ヶ月に渡る滞在で。

 この小説は、彼の中の「絶望大王」が書いたのでしょうか?
 彼は、現在の「灰色」がはびこる先進国の社会に絶望してしまったのでしょうか?

 その後、彼が謎のドキュメンタリー映画の上映会を、ネットでの告知を一切せずに、各地を転々としながらやっていたという情報を断片的に聞くにつれ、私はさらに「絶望大王」の存在を感じるようになりました。

 フリッパーズ時代に「知る人ぞ知る、新世代渋谷系アーティスト」として一部で名を馳せ、
 オザケン時代に「幸福を呼ぶ渋谷系王子様」としてテレビの中で大ブレイクをし、
 テレビとマスコミの表も裏も、そのまわりに起こる素敵なことも醜いことも知り尽くしたあと、その状況に疑問を感じ、それがいつしか絶望に。

 だから、テレビとは遠く離れた、伝搬力もなく金も動かない、自分の手の届く範囲の人だけにものを伝えるような、そんな世界に引きこもってしまった。

 私が勝手に作ったストーリーがコレです。

 しかし、今度のコンサートツアー。そしてそれに伴ってWebで発表された文章を読んで、半分は正しいけど、半分は全然違っていたことがわかりました。

 彼は文章の中で、こんな事を言っています。

 今回のコンサートは、CDのアルバムを売るためのコンサートではない。
 音楽業界では、CDアルバムを売ることを中心に全てが回っているが、今回のコンサートは、コンサートの本来の性質通り、公演そのものを目的として行われるツアーです。

 だから、関係者招待席も少ないし、メディア関係者の取材も制限している。

 そういうことか。
 今、多くのエンターテイメントでは、本来の性質通りお客さんを楽しませること以外にやらなくてはならないことがたくさんあります。

 テレビでは、CMを見せるために、面白くなるタイミングで話がぶち切りになり、続きはCMのあとで!
 映画では、観客を呼ぶために、人気がある駄目俳優を無理矢理主役にねじ込んで、台無しなる

 「灰色」によって、エンターテイメントの中で、「客を楽しませる」ということに、直線的に向かっていけない「大人の事情」がたくさん生まれてしまったのです。

 そんな中で、彼がやろうとしていることは、
 小さな舟で、従来型のモデルをさほど気にせずにコンサートを行う。ということ。

 そして、そのコンサートの空間を「愛に満ちた空間」書いています。
 憎しみではなく、密かな連帯感とか愛に満ちた空間。
 そして、その貴重な空間の中で感じたことを、その後の人生の中で、少しずつチョコレートを削ってなめるように、大切に削りながら毎日をくらしていけるような思い出を作れる空間。

 何かと忙しくて、殺伐としている空間。エンターテイメントの世界すらそんな空間で充ち満ちている。
 そんな中に、ちょっと違った空間を作る。

マイケルの言葉を借りれば、
 Make a little space, Make a better place. (小さなスペースを作ろう。もっとよい場所を作ろう。)

 村上春樹が言うところの「システム」。みんながその中に生きており、その恩恵を受けているけれども、同時に嫌だとも思っているモノ。多くは「灰色」が作ったモノ。

 それに絶望するのではなく、小さな場所、自分の声が届く範囲を変えていこうというメッセージ。
 やはり、彼は「絶望大王の前で人生の肯定を紡ぎ出してみせる、幸せの王子様」の様です。

 さて、コンサートの空間は、どんなことになるのやら。
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さらば雑司ヶ谷さらば雑司ヶ谷
(2009/08/22)
樋口 毅宏

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 雑司ヶ谷。
 池袋と高田馬場の間にある小さな街。
 ここが、「新宿鮫」や「龍が如く」の新宿級に凶悪になり、その中で凶悪な人たちが凶悪な事をしまくる小説です。

 しかし、この小説で度肝を抜かれるのが、なんと小沢健二の話。

 ストーリーに特に関係のない昼間の甘味処で、突如始まる「世界一の音楽家はだれか?」論争。
 ジョンレノンだ、マイルス・ディビスだのが出てくる中で、店主の香代はこう啖呵を切る。

「オザワよ」

「さよならなんて云えないよ」の歌詞を読んでみな」と、突如フルコーラスで歌い出す香代。変態だ。

 そして、フルコーラスの歌詞を丸1ページかけて引用する作者。やっぱり変態だ。

 作者を見習って、香代の言葉を引用してみよう。

「むかし、いいともにオザケンが出たとき、タモリがこう言ったの。
『俺、長年歌番組やってるけど、いいと思う歌詞は小沢くんだけなんだよね。あれ凄いよね、“左へカーブを曲がると光る海が見えてくる。僕は思う、この瞬間は続くと、いつまでも”って。俺、人生をあそこまで肯定できないもん』って。

 あのタモリが言ったんだよ。四半世紀、お昼の生放送の司会を務めて気が狂わないでいる人間が!
 まともな人ならとっくにノイローゼになっているよ。タモリが狂わないのは、自分にも他人にも何ひとつ期待をしていないから。
 そんな絶望大王に、『自分はあそこまで人生を肯定できない』って言わしめたアーティストが他にいる?

 マイルスに憧れてトランペッターを目指すも、先輩から『おまえのラッパは笑っている』と言われて断念して、オフコースが大嫌いで、サザンやミスチルや、時には海外の大物アーティストが目の前で歌い終えても、お仕事お仕事って顔をしているあの男が、そこまで絶賛したアーティストが他にいて? いるんなら教えてちょうだい。さあさあさあ」

 ウメ吉が舌打ちをする。タモリが言うんならしょうがねえかといった表情だ。


 その後、「イヤになるほど続く教会通りの坂を下りていく」を「嫌になるほど続いていく「神に定められた人生」これが続いていく様」であると
 「光る海が見えてくる」を「光る「産み」」つまり「生の肯定」」であると
 「僕は思う この瞬間を続くと いつまでも」を「自己回復」であると、

 次々と、解説していきます。

 脳天気なラブソングと見せかけて、深い真理を込めたフレーズを織り交ぜる。
 ハードルは低く、でもわかる人には深みと凄さがわかる。

 まさに、私が小沢健二に感じてきたことそのものが書かれています。

 さて、この4ページに渡るオザケンリスペクトはなんなのでしょう?
 26世紀青年でも、「なんでここで屁をこくのか、映画を観るって事は考えることなんだ!」って言っていたので、考えてみることにしました。

 この小説の主人公は、雑司ヶ谷のドンとも言える宗教団体教祖の孫。
 彼は、中国に行き、人間としての尊厳を全て失います。

 マフィアのボス(男)に犯され、
 大麻、シャブ、コカイン、ヘロインと薬漬けにされ、
 罪のない浮浪者をおもしろ半分に射殺し、
 その辺に落ちている子供を犯す。

 そんな絶望的な過去を背負い雑司ヶ谷に帰ってきた彼は、その過去を払拭するための戦いに出ます。
 その戦いは、絶望大王が光る海を見つけるための戦いとはほど遠いところにあります。

 雑司ヶ谷を舞台に、ものすごい勢いで惨殺される人々。

 都電荒川線にたまたま乗り合わせたじいちゃんの頭はピストルで吹っ飛び、
 主人公を裏切った男は、男性としてこの世で一番悲惨な死に方をし、
 さっきまで主人公と心を通わせた会話をしていた男は、見るも無惨な状況になり。

 おいおい。もしかして、絶望大王は作者自身なんじゃないのか?
 自分が描いてきた、それもその生い立ちまでも描いてきた人物をなんのためらいもなくぶっ殺すこの男が、絶望大王じゃなくて、なんなんだ?

 そして、絶望大王は、この小説の中で描かれた二つの「産み」の悲惨な過去と結末を暴露します。
 この小説の中で、主人公も、作者も「光る海」は見つけられなかったようです。

「雑司ヶ谷を出よう。
 香代にも、他の誰にも会いたくなかった。」

 わざわざ、あまり出番のない、オザケンの啖呵を切ったあの女の名前が出てきたことからもその状況はわかります。
 もしかしたら、あの長い長い引用は、歌に救いを求める、絶望大王の心の叫びだったのかも。

 しかし、上記の台詞のあとには、こんな台詞が続きます。

「ただ一人を除いては。」

 光る海はなくても、唯一、「友情」という名の救いは残った主人公。
 そして、後書きにある「続編 雑司ヶ谷R.I.P でお会いしましょう。」

 よかった。。彼はまだ、終わっていないんだ。

 彼は、今度こそ「光る海」を見ることが出来るのか?
 そして、その瞬間は続くのか?いつまでも。

 続編、超期待。
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(2009/10/02)
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 英語のタイトルは、「Ideocracy」
「ideot(バカ)」+「-cracy(政治、国家)」なのですが、日本語がなぜか、26世紀青年。

 映画は、アメリカが26世紀にバカ国家になっているというお話なのですが、配給会社の頭の悪さをタイトルで表現してどうする!

 そんなバカ映画の前に、傑作、ウォーリー(英語名 WALL.E)を。

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 ピクサーが描く、荒廃した地球。
 生物が(ゴキブリ一匹以外)住めなくなった、死の星地球で、意味もなく黙々とゴミ回収をしているロボット、ウォーリー。

 そこに、宇宙船から降りてきた、最新型のロボット、イヴが降りてきます。

 イヴに一目惚れするウォーリー。

 どちらも、会話機能がほとんど無いロボのため、台詞はほとんど無いまま、物語は進んでいきます。
 無機物であるロボット。表情の変化も数パターンしかない。
 それでも、彼らの中に段々と、信頼関係が出来ていく姿に心が温まります。
 そして、ウォーリーがイヴの手をつなごうとするシーンは、切なくなります。

 そんな素敵なロボットたちに引き替え、地球から離れて、宇宙船の中で生き延びている人間たちは、全員デブ。
 骨が弱くなっており、自分の力で立ち歩くことも出来ず、コンピューターによって餌を与えられ、テレビ番組を提供され、時間が来たら眠らされる。
 ただの家畜になっています。

 その、素敵なロボットたちと、駄目な人間たちの対比が見事。
 人間のみなさーん!目を覚ましてくださーい!


 と、言ったところで、もっと人間に目を覚ましてもらいたい映画、「26世紀青年」に話を戻します。

 この映画は、ひょんな事から冷凍睡眠をかけられて500年後のアメリカに行く羽目になってしまった駄目軍人と娼婦のお話。

 この500年の間、アメリカではこんなことが起こります。

 シリコンバレーに住んでいそうな、IQ140以上の賢そうな夫婦。
 彼らは、仕事と二人の時間を大切にし、子供を作る計画はありません。
 二人で楽しい時間を過ごします。

 テキサスに住んでいそうな、バカ夫婦。
 彼らは、バカなので避妊の仕方も知らずに、すぐに子供を作ります。
 さらにバカなので、隣の家の奥さんとも子供を作ります。
 もちろん、その子供もバカなので、フットボールの選手となってチアリーダーと子供を作りまくったり、なんの計画もなく、バカの遺伝子をまき散らします。

 賢い夫婦の子供が一人作る間に、バカ夫婦の子供は数十人生まれる。
 これが、500年続くと・・・アメリカは、バカばかりになります。

 見事なスラム街と化したアメリカ。
 この造形は見事です。
 
 水道からはゲータレードが出てきて、スターバックスは売春宿に。
 病院の待合室にはスロットマシンが置かれており、受付はまともに字が読めないので絵文字の書いてあるボタンを押して対応する。
 市民はみんなスラングしか使わないため、普通の英語を喋る主人公はおかま扱いされる。

 裁判はバカテレビ番組のような演出で傍聴人を熱狂させ、大統領は元プロレスラーのAV男優。
 テレビは画面の半分が広告で埋まっており、番組の内容は、役者が金玉を打って痛がるところを延々と映し続けるのみ。
 アカデミー賞とった映画は、ケツが画面全体に映っており、たまに屁をすることで観客が笑うというどうしようもない作品。

 歩ける分、ウォーリーの人間よりはましですが、家ではテレビが付いた椅子の上から動かずにジャンクフードを食いまくり、椅子にはご丁寧なことにトイレが付いている。

 あれ?現代アメリカの正統進化では・・・。


 どちらの映画のアメリカ人も、本質的には悪人ではないのですが、自堕落な生活や頭の悪さが原因でどうしようもなくなっているわけです。

 そんな中で、ポンコツロボットであるウォーリーが、ふつうの駄目軍人である主人公が、奴らの気持ちを変えていきます。

 オカマだけが読書をしたんじゃない!
 人々は本を書き、映画にはストーリーがあった!
 映画を観るって事は、画面に映っているケツをみて、このケツは誰のケツなんだ?なんで屁をするのか?ってことを考えることなんだ!
 その時代がまたくると信じている!

 食料も、情報も、全てが金を払えば自動的に供給される世界。
 その先に待っている未来を予見したこの2作。

 美しい感動と、バカ下ネタの両極端の切り口から描かれているのですが、どちらもメッセージは一緒。

 自分で考えて、自分の足で歩け!!

 大丈夫か!?地球!
 
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最近このblogを見出した方はご存じないかもしれませんが、私は2008~9年に世界一周旅行をしており、その時の旅行記が局地的にご好評いただいたため、引き続きこのような文章を書きたれ続けています。

 その時の、旅行記。未だにちみちみと振り帰りを続けているのがコレ。

ビジネスクラスのバックパッカー もりぞお世界一周紀行

 そして、このblogが本になりました!
表紙  

 シンプルなフォトブック。

 マットな肌触りが、世界中の美しい風景を優しく包みます。
中身

 ま、本になっただけで、出版するわけではないですが。

 実は、この本、Photobackというサービス(しかもトライアルなので無料)で作ったモノです。
 このような、
サイト

 Web上の編集画面で写真を選んで、文章を書くだけで、簡単に本のレイアウトを決めることができます。
 そして、「発行」ボタンを押せば一週間くらいで本が送られてくる。

 私の作った無料版はCDサイズですが、文庫サイズ72pとか、A5サイズとか、普通に本屋に売ってそうなクオリティのモノまで簡単に作れてしまうのです。

 なお、私はいま、写真を選び直してコメントもちゃんと書いたバージョンを作成しているのですが、左側のオザケンチケットのお願いの「おまけ」はこの本にしようと思っています。

 一昔前なら、自己満足のための自費出版でも数十万~数百万かかったものですが、たったの数千円でここまで出来てしまうのですから、時代は変わった。
 ちゅか、出版というもののハードルが下がった。

 自分の表現を形にしたければ、この様な形で本を作れる。

 自分の表現を世の中に発表したければ、HPなりblogなりtwitterなりで無料で発表できる。
 そのクオリティが高ければ、広告やアフィリエイト、有料blogやメルマガで換金までできる。
 
 世の中の選ばれし者しか出来なかった、「自分の表現を形にして、世間に発表し、金を稼ぐ」という活動が、誰でも出来るようになったのです。

 最近の出版不況の一因となっているのは、出版関係者だけが独占していた上記の活動が、全ての人に開放されてしまい、独占が崩れ、暴利をむさぼることが出来なくなったことだと思います。

 さらに追い打ちをかけるように、iPadやkindleというメカと、apple storeやamazon.comという電子書籍サイトを組み合わせて、電子出版が本格化してきました。

 もりぞおさんは、比較的たくさん本を読む人なので、でかい本棚を持っています。
 これが邪魔で邪魔でしょうがない。でも、時たま過去に読んだ本のフレーズやデータを見返したくなることがあるので、すぐに処理することもできない。

 それゆえに、電子書籍は10年以上待ち望び続けていたものです。

 iPadは、アメリカンサイズででかすぎるのであまりそそられませんでしたが、kindleが日本語対応してカラーになったら確実に買います。

 そんなデバイス以上に重要なのが、電子書籍の品揃え。
 アメリカでは、amazonが多くの出版社を巻き込んで、かなりの量の書籍が電子出版されています。(amazonは、「電子出版しなきゃ、紙の本もうちでは取り扱わないよ」くらいのことは平気でやるので。。)

 この流れは、日本にも続くのでしょうか?
 そして、我々消費者だけでなく、出版関係者にもメリットはあるのでしょうか?

 日本は、本の値段が非常に安く、ハードカバーの本も1000円くらいで買えてしまいます。(アメリカは$20以上する)

 この1000円の内訳は、こんなとこです。
 作者の印税:100円、紙代など:300円、出版社:300円、取次(問屋):100円、本屋:200円
 
 これに対し、amazonは電子出版で作者の印税70%という制度を作っています。(システム利用料などを取られるので、70%入ってくるわけではなさそうですが。。)
 イメージとしては、紙の出版で言うところの、取次と本屋の分をamazonがとり、作者と出版社と紙代を作者がとるという感じでしょうか。

 つまり、この電子出版が増えれば、出版社と取次と本屋と印刷屋が終わるってことです。
 取次と本屋と印刷屋は、電子出版では完全に不要なので、もう駄目ですね。。

 悩ましいのは、出版社。
 講談社が2008年で77億円の赤字(12年連続減収!)など、出版関係のニュースを見れば見るほど終わってるのですが、出版社は無用の長物なのでしょうか?

 基本的に、本は編集者と作者の共同作業。
 編集者の経験と作者の感性が合わさったときに、名作は生まれます。

 上記の電子出版の取り分の計算でも、出版社の取り分を作者が取ると計算しました。
 つまり、作者が出版社の分も取るためには、編集者が行っていたアドバイスや資料集め、出版社がやっていた宣伝活動などを自分でやらなければならないわけです。

 そこまで器用なことを行える作家は少ないでしょう。。

 そうすると、出版社はどんどん縮小していくでしょうが、電子出版を行う作者が、フリーの編集者に依頼して、本を作成、宣伝、販売していくという流れが出来てくると考えられます。

 私が就職活動をしてたころは、高収入で(過労死リスクをのぞけば)一生安泰だった出版社のお仕事。
 しかし、これからは、作家と同じようなサバイバルの時代に入りそうです。

 しかし、死にもの狂いの活動は、往々にして傑作を生むもの。
 電子出版による出版社の解体から、本気の編集者と、傑作の誕生を期待しています。

 そして、私は、安全な場所からそれを見守りつつ、たくさんの電子出版物を買い、ときどきblogで紹介していこうと思っています。


 ちなみに、いち早くこの様なことに気付き、自分でオンラインコミックサイトを立ち上げ、編集も、広告も自分でやってしまう勢いで活動している漫画家の人がいます。
 佐藤秀峰という「ブラックジャックによろしく」や「海猿」を書いている人です。

佐藤秀峰onWeb

 時代は変化していても、その変化に対応できる人は確実に存在する。
 そんなことを実際に見せてくれる、スゴイ人です。
 人が生きることの意味、可能性を追求する漫画を書いているのですが、自らの人生でもそれを実践しているのです。

 やはり、苦境は人を進化させる。
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この映画は、1995年に南アフリカで実際に起こったお話です。

 南アフリカは、1980年代まで、アパルトヘイトという黒人差別主義を提唱する国でした。
 イギリスから移民してきた少数の白人が、元々住んでいた黒人たちを差別し、支配している最低の国。
 学校やレストランはもちろん、バスまで白人用と黒人用が別れているイヤな国。

 そんな国の中で、黒人解放の指導者であり、27年間投獄されており、1990年解放、1994年に大統領に就任したネルソン・マンデラがこの映画の主人公です。

 彼の多くの逸話から、監督・クリントイーストウッドが選んだのがラグビーに関する物語。

 この映画の冒頭、
 綺麗な芝生でラグビーをする、白人ばかりの南アフリカナショナルチーム
 小汚い空き地でサッカーをする、黒人のガキども。
 この二つのグラウンドにはさまれた道を、ネルソン・マンデラが乗った車が走っていく。
 それを見て、白人の選手が愚痴を言い、黒人のガキどもがマンデラコールをして殺到する。

 このシーンで、この国の黒人と白人、そしてマンデラとラグビーの立ち位置がわかります。

 そんなマンデラさんを演ずるのは、モーガン・フリーマン。
 マンデラと似すぎ。冒頭の映像は本物のマンデラのニュース映像だと思うのですが、ドラマの世界に入り、マンデラ・フリーマンにすり替わったことが一切気にならないくらいのそっくりっぷりです。

 そして、ラグビー。
 この国では、白人たちがフーリガン的に愛しているスポーツ。
 緑と金のユニフォームを着た、南アフリカナショナルチーム、通称スプリングボクスは彼らの誇りです。

 しかし、黒人が政権を取ったとき、このスプリングボクスの愛称をなくし、ユニフォームも一新しようとしていました。

「今までさんざん迫害してきた白人どもの誇りなんてぶっつぶしてやれ!どうせ俺たちラグビーのルールもしらねーし。」

 アフリカでたくさんの国が独立し、白人政権から黒人政権に生まれ変わっています。
 黒人は白人が憎くて仕方がないのですが、だからといって感情的に白人を排除するとどうなるか・・・

 ジンバブエのようになります。

 社会の中核を担っていた白人を追い出すことで、産業は破綻。管理を出来る技術者がいなくなったため、農園までが荒れ果てる。
 そして、経済は破綻。

 ハイパーインフレが起こり、100000000000ジンバブエドル(一千億ジンバブエドル)
ジンバブエドル

 などというばかげた札が発行されることになります。(詳しくは、コチラを。)

 ネルソン・マンデラの素晴らしいところは、この様な未来を見越して、白人と黒人の対立を避けようとしたこと。
 彼は、スプリングボクスを存続させ、彼らに、国民の士気高揚を託します。

 白人が感じる恐怖をなくすためには、黒人が赦さなくてはならないのだ。
 そして、恐怖をなくすことではじめて、南アフリカはひとつの国になることができるのだ。

 30年近く独房に閉じこめられ、虐待により身体に障害まで残っているマンデラこのような信念を持ち続けていること。
 それが、多くの人々の心を動かすのです。

 1995年。南アフリカで開催されたラグビーワールドカップ。
 ラグビーを通じて、スプリングボクスを通じて、南アフリカの人たちがひとつになっていきます。

 大統領警護のSPたちも、観客席の人々も、白人の主人と黒人の家政婦も、白人の警官と黒人の乞食のガキも。

 スタジアムの熱狂がこだまするラグビーの試合を通じて、たくさんの人たちの心がひとつになっていく様が次々と描かれていきます。

 その圧倒的な迫力は、ネルソン・マンデラという男の力強さと重なって激しく心を揺さぶります。

 それは、北京オリンピックで感じた中国の鼓動のように。
 歓喜の街カルカッタというノンフィクションのラスト、核兵器を手に入れたインド人たちの歓喜の声のように。
 WBCでイチローが放ったセンター前ヒットの瞬間の多くの日本人のように。

「人には、誇れるものが必要なんだ」

「硫黄島からの手紙」で太平洋戦争を日本人の目線で描き、
「グラントリノ」で偏屈なアメリカじじいが、アジア人とのふれあいで心を開く様を描き、
 この、「インビクタス」では、南アフリカ人の歓喜と誇りを描く。

 その描き方は、前作よりもシンプルですが、それゆえのストレートさが、最後の試合の素晴らしい興奮を作り上げています。
 この興奮は、やはり、映画館の大きなスクリーンと、大音響で味わって欲しいものです。

 そして、こんなに次々と新しい文化を、人の心を揺さぶる映画として描き続けているイーストウッドは、御歳80歳。
 この男、超人か・・・。

 ちなみに、モーガンフリーマン73歳。ネルソン・マンデラ92歳。
 じじいばっかのこの映画。

 みんな、長生きしてくれ!

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 超かわいくて、超強い女の子が、悪い奴らをぶったおす

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 映画チョコレートファイターのストーリーの要約は以上です。
 恐るべし、タイ映画。
 この映画の監督の傑作「マッハ」のストーリーも
「村から盗まれた仏像の頭を、悪い奴らから取り返す」
 だけだったからなあ・・・。

 しかし、これほど単純なストーリーなのに、信じられないほど面白いのです。この映画。

 まず、主人公のジージャちゃんが、恐ろしくかわいい。
 ジージャー

 そして、この娘のアクションが半端じゃないのです。
 
 元々テコンドーの選手(国の特別強化選手)であり、映画のオーディションに参加したときにプロデューサーに見初められ、4年間トレーニング、さらにこの映画の撮影に2年間。6年にわたって育てられてきた逸材です。

 映画は5つのシーンで戦います。
 氷屋、倉庫、肉屋、日本料理屋、ビルの壁。

 日本料理屋では、主人公の父親の阿部寛が、日本刀でばったばったと悪人どもを切り刻みますが、それ以外はジージャーの独壇場。

 テコンドー出身であるだけあって、凄まじく美しい蹴り。
 あり得ない状況のジャンプ!
 ブルース・リーばりのホワーッ!
 そして、ジャッキーチェンばりの、高所からの落下!

 お約束のアクションでありながら、CGではないそのリアルさと、ジージャーの見た目のかわいさと技の美しさに、ノンストップでテンションが上がりまくります。

 冷静にストーリーを振り返ると、
 主人公は、タイのマフィアと組んでいた借金屋の母と、日本に来たヤクザ(阿部寛)の娘
 母や、ヤクザとの一件からマフィアを抜けるが、母を想っていたマフィアのボスから監視されている
 母が病気になり、主人公は薬代を稼ぐために、母がいろんな悪者に貸していた金を取り返しに行く

 と、地味に結構重いストーリーのような気がしてきました。

 さらに、ジージャー演ずる主人公がこんなに強い理由は、
 知能障害を持って生まれてきて、その影響で言葉はほとんどしゃべれないのだが、記憶力と聴力は異常にいい。
 近くにムエタイの道場があったので、それ(とたぶんテレビで見ているブルースリー)を見ながら自然にマスターしてしまった。

 と、いう、日本の地上波ではいらん規制で流せないんじゃないかという設定。

 そんな意外と重い設定を、見ている間は綺麗さっぱり忘れてしまうような、そんな素晴らしい作品です。

 この映画を見終わった後、映画「アバター」を思い出しました。
 私は、アバターに関して、「ストーリーに魅力がない」で片づけてしまっています。

アバター 正義の宇宙人が悪の人類をぶっ殺す話。良くも悪くもそういう話。

 しかし、チョコレートファイターに関しても、正直この文章を書くまでストーリーの事はすっかり忘れてました。
 そして、改めて思い出しても、そのストーリーはすごいストーリーではありません。
 それでも、こんなに面白いのは・・・。

 そして、アバターが、全世界で大ヒットして、たくさんの人がすげーすげー言ってるのは。。。

 ストーリーだけで映画を判断しちゃ駄目って事ですね。。

 ジージャーの美しさと、アクションにかけた異常な熱量と血。
 3Dの美しさと、CGにかけた異常な熱量と金。

 私の心の扉を叩いたのは、前者だったわけですが、どっちも映画の凄さを表しています。そう、映画の面白さは、この2時間につぎ込まれた異常な量のモノの結晶なんです。うん。そうだ。

 そして、この映画で一番度肝を抜かれたのが、エンディングの後のNGシーン。

 ジージャーの蹴りが、ガチで入って、ガチで大流血。
  地上三階からガチで落ちて、落ちた人ガチで動けない。

 
 といった、NGシーンというよりも「事故」と呼んだ方がしっくりくる、凄まじいシーンがこれでもかと流されまくります。
 
「Not Quite Hollywood」という映画の中で、「オーストラリア映画では、「バイクが運転手ごと崖に突っ込んで、海に落ちる」というシーンを撮るときに、「バイクと運転手を崖から海に落として撮影する」と、やっていたのですが、タイ映画も同じようです。。

 そして、この身体を張ったアクションは、その緊張感と、映画的に不自然な、でも人間的には自然な動きで、CGで美しく作られたどんなアクションシーンよりも、圧倒的な魅力であふれているのです。

 恐るべし、タイ映画。
 恐るべし、チョコレートファイター。

 とにかく、必見です!
 
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